仕事のバス

夜勤をしてるコンビニへはバスで行っている。交通費は出ないが、起きてすぐたくさん歩きたくないからだ。アルバイトするためにしかそこに行かないので流れる景色でしかその街を知らない。いつも行列してるラーメン屋、知る人ぞ知るみたいな定食屋、音が無くてもうるさそうな居酒屋をテレビの車窓から見てる遠い感覚で見ている。帰りは歩いて帰ることもあるのだが早朝なので祭りのあとをただ通ってるだけで、明日の祭りのために置きっぱなしになってる屋台のように電気が消えても笑ってるファミレス前のマスコット人形を見て、退勤後笑顔から岩本虎眼の顔で歩いて帰る自分はまだマシだなと思えた。


出勤すると臭いおじさんが夕勤に入っていた。おじさんは臭いだけでなく仕事ができなさすぎて全時間帯で押し付けあいが発生していて、朝ポストを開けたら入ってたみたいに知らないうちに自分のシフトに入ってたりするので、今日はもう一人の夕勤の高校生が“仕事になんないっすよ”とBEE-HIVEに電話で抗議していた。

シフトを交代し、レジをうってると退勤して臭いユニフォームから臭い薄手のセーターに着替えたおじさんがレジに現れた。“フライドチキンを9枚お願いします..。”フライヤーで揚げて運んでる途中でトレイをひっくり返したらしい。そういえば“なんでこんなにヌルヌルなの?”ともう一人の夜勤の嫌な人にモップで床を拭かされていた。“転んだんですか?”とたずねると“手首が返って..”と単純にフライドチキン9枚に手首が関節決められただけだった。


数日後夜勤で出勤するとポストに臭いおじさんが入っていた。今日は夜勤か..。と退勤まで背中の阿斗を守りながら戦わないといけないのでいつもより気合いを入れてはじめたが、焦るとすぐパニックになる上に滑舌が悪すぎて何言ってるかわからない臭いおじさんは“(グローの本体)あるのないのどっち!?”“(フランクフルトをトングじゃなくて)手で持つなよ!”と、気づくと矢が刺さっていた。


退勤後廃棄の焼き鮭弁当を食べてると隣でおじさんも弁当を食べはじめた。しょうが焼き弁当を食べている。おじさんはおじさんと言ってるがもうすぐ60なのでおじいさんの方が近いかもしれない。本人には言わないがおじさんの臭みをおかずに弁当を食べるのはなかなか辛い。

“わたしってそんなに臭いますか..?”

おじさんが話しかけてきた。昼勤のおばさんたちには直接“臭いやばいまちがいない”と言われてるので自分でも臭いことはわかってるがそれがどんな臭いかわからないようだ。“例えばどんな臭い?加齢臭ですか?”と聞かれたが正直言ってこのおじさんでしか感じたことない初体験の臭さだ。まだ1番近いのはなんだ?なんだ?と頭をフル回転させて“○○さんでしか嗅いだことない臭いなんですけど、まだ1番近いのが橋の下にいる浮浪者ですかね”と答えたら、今まで気を使って本人に臭いと言わなかった努力の意味がわからないぐらい凹ませてしまった。“そうですか...”としょうが焼きを食べてると思えない顔になったので、“まあオンリーワンですし..”と笑ってもらおうとしたが渇いた笑顔をされた。なんとか話題を変えようと“最近漫画で賞をとったんです”と家族にも言ってない数人の友達しか知らないことをなぜかこんなに喋るのがはじめての臭いおじさんに言ってしまった。もちろん漫画を描いてたことも知らないので、“おめでとうございます”と空気が変わって結果的によかった。“奧さん綺麗みたいですね”とおじさんに言うと嬉しそうにスマホで奧さんの写真を見せてくれた。おじさんは30歳ぐらい年下のフィリピン人女性が奧さんなのは昼のおばさんが流すパブで日本国籍がほにゃららなゲーセワニュースで知ってたので聞いてみた。確かに美人だ。素直にうらやましい。許されるなら俺も8歳の美人と結婚したい。いいですねと近いうち結婚式をあげる話などを聞いてると、“今の奧さんに出会うまで7回お見合いしたんです”と全部2回目誰も会ってくれなかった話に臭いからだろと言うのを耐えてると“こんなことはじめて話します(照)”と言われ、急にゾッとして弁当を掻きこみ逃げるように身支度をはじめた。

休みの日はじめて仕事へ行くためのバスに乗ってみた。流れる景色でしか知らなかった定食屋は普通の味がする定食屋に変わったが景色は変わった気がした。
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クラリネット

夜勤へ行くために夜9時ごろ起きると携帯に知らない番号からの不在着信があった。またいろんな未払いの催促かと思ったが念のためその番号を検索してみるとグランドジャンプ編集部と出て、数ヵ月前にグランドジャンプの漫画賞へ投稿したことを思い出した。数日後、連絡が取れて、R30という漫画賞で佳作になりましたと伝えられた。漫画家になるぞと上京してきたのが26歳(たぶん)。12年かかったがはじめて褒められた。賞を獲れたことよりも電話で編集の人が褒めてくれたのが嬉しかった。12年間で1番褒められたのが“出オチで終わった”(出たとこはオチたんだ)なので、あまりにも褒めてくれる編集の人が講談社フェーマススクールズの気さえしてきた。佳作だし、R30漫画賞なのに準入選の作者が22歳てどういうことだよと思ったり、そんなにガッツポーズできることでないかもしれないがただホッとできた。漫画賞に出しても無風、ネットに漫画をアップしてもいつも同じ人たちが無言で♡を押してくれるだけでこれはもしかして“振り返れば奴がいる”のクラリネットを吹いて聴かせる末期ガン患者なのでは..と、何か生きる証みたいなものが必要になるんだよと石黒賢が看護婦をなだめてたことも思い出した。

クラリネット2

クラリネット


12年以上も漫画家を目指してると言ってる奴に誰も心からなれるよとは思ってないのは当然である。地元に帰った時普段全然怒らない友達が酔っぱらって「いつまでやってるんだ」とマジ説教をされたことがある。私は毎年夏と冬は帰省していたのだが、怒られたくなくて去年夏帰るのを中止にしてしまった。大人になってから会社ならまだしも帰省で登校拒否が起きるとは思わなかった。昔この友達の家へ遊びに行った時、奥さんが台所でカレー作ってる間友達が4歳の自分の娘のケツ触って「もうっ」と娘に手をはたかれる遊びを延々繰り返し、とうとう娘が泣き出して私のところへ駆け寄ってきたので「だいじょぶよ」とケツ触ったら、一旦扉にガシャーンってぶつかってから扉開けて逃げていったのだが、そんな人間にマジの説教をさせてしまったことが辛かった。佳作を報告するとすごく喜んでくれた。今年の夏は帰れる。帰省すると死んだじいさんの墓参りをするのだが、毎回漫画家になれますようにとお願いをしていた。普通のじいさんが死んで“家族の枕元に立つ”でMP0になる霊になっただけなのに太宰府天満宮みたいな願いを言われても困っただろう。まだなれてないけど近づいたことだけは報告できるのが嬉しい。



ネットの友達からお祝いで娘をもらった。おそらく私が一生育てることがないからだろう。

ねねちゃん


ねねちゃん3
ねねちゃん4
テレビを見てる時娘の後ろ姿があるだけで世界が変わるな...。








ねねちゃん5
ねねちゃん6







ねねちゃん7

ねねちゃん8
ねねちゃんはお湯に浸かると髪の毛がなぜかサイヤ人みたいに金髪に変わる機能が付いてるので、どうしても怒ってる気がしてしまうが








ねねちゃん9
きゃっ     きゃっ




そうでもないようだ







ねねちゃん10
こらこら







ねねちゃん11
1番やりたかった“風呂上がりの娘の髪の毛をドライヤーで乾かす”だが、注意書きにドライヤーで乾かすと髪が天パになると書いてたのでできなかった。





今後の話をするために集英社へ行った。まさか自分が集英社へ行くことがあるとは想像もしてなく、中に入るとすぐワンピースだらけで怖くなっていったん外へ出てしまった。場違いがすごい。賞を獲るまで12年かかったがデビューできるまでどれくらいかかるのだろう。数年前から自分に才能があるとかないとかもうどうでもよくてやりたいからずっとやろうと決めていた。忘れた頃にやってくるから不思議なものだ。自分に娘ができることも忘れた頃にやってくるかもしれない。長生きしよう。

今日も誰かの誕生日

たかさん、誕生日いつですか?

夕勤の男子高校生にたずねられた。またかよ。私はこのオーナーの元で働いて長いのでわかるが、店員同士の仲が悪くなると“誕生日にプレゼントを贈りあう”ことを強制的にやらそうとする。1人300円を集め、昼勤のおばさんが買ってきたプレゼントをもらい、連絡ノートやLINEにありがとうございますと書き込み、おばさんからいえいえ(^o^)を返されるという儀式をみんながやりあうのである。当然別に仲良くならないし、(それは置いといて..)太い十六茶のとこに細い十六茶詰めてる人誰?となるだけだ。前からちょくちょくあるが私はいつも「祝いたいと思ったら自分であげますので」と不参加を伝え、祝いたいと思うことがないので誰にもあげず、次の朝来る店員の保管された誕生日プレゼントに“全員からではないですが..”と前書きがあるメモを貼られるのである。

だいたいいつももめてるのは昼勤と夜勤だ。朝、昼、夕、夜の4勤の中で仕事の量や勤務時間などから力を持ってるのが昼、夜であり、顔を直接会わせることがなく、直接会わないのでノートに不満だけを書き残しあってると、“(アイスの)白くまが欲しいと来店されたお客様がいました”という発注してみてはどうかのただの報告にも、次の日太平洋に弾道ミサイルが撃ち込まれてたりするようになる。私も夜勤だが、私よりも他の夜勤二人が金正日と金正恩だったので、まあまあ..せめて日本海に撃ちましょうよと中国の立場でなだめてたが、私が休みの日に金正日がノートにとうとう“死ね”と書いてしまったことで出勤すると大問題になっていた。金正日は異常に短気で常にバックルームのみんなが目にするストアコンピューターの前に“絶対剥がすな!”と注意書きした昼勤への朝鮮中央放送の文字起こしみたいなメモを貼りつけてあり、私もさすがに怒りすぎではと思うが、仕事はよくでき、話も合うし、クビになったら人手不足からおそらくオーナーと夜勤をすることになるので、絶対辞めてほしくなく、私が叱って2度とさせないので今回は穏便に..とオバマと電話会談をし、マジの中国の役割をはたしていた。当然この金正日と金正恩が誕生日プレゼントのカンパに参加するわけもなく、私は自分の思想から参加してなかったのだが、夜勤のやばい3人が国連を脱退した感じになるので、嫌々夜勤で自分だけ参加することにした。

正直同じ職場だが会うことがない人、すれ違っても挨拶しかしない人、すぐ辞める人がほとんどなので、なんで知らない人に誕生日プレゼントをあげなきゃいけないんだという感覚である。金だけ奪われ、知らない人が知らない人に知らないところでおめでとうを言い、ありがとうを返し、義務としてノートに“みなさん”ありがとうと書かれるだけである。全員をうっすら嫌いになっていく。知らないうっすら嫌いな人たちに300円も払いたくない。300円ぐらいいいだろという態度で徴収されるが、私はエクレアとかつくね棒を買ってただけでクレジットカードが停められた人間である。軽食でクレジットカード停まることある?(あるだろ)と当時の私は思っていたが、今は300円の重みを理解している。

たかさん、誕生日いつですか?とレシートの裏を片手に聞いてきた男子高校生は昼勤のおばさんからの指令で動いてるのだが、なんか“教えたくない”という感情が沸いてきて、7月と嘘の誕生日を教えてしまった。履歴書を見られたらキチガイだと思われるが、誰もそんな意味のわからない嘘をつくと思ってないので、バックルームに貼られた誕生日一覧の7月にほんとの7月生まれと嘘の7月生まれの名前が書き込まれていた。私は冬に生まれている。

7月になるとプレゼントを託された夕勤の人たちにエヴァンゲリオンの最終回の配置で拍手をされ渡された。
このコンビニのコーヒーチケットである。バカかよ。店員から無理矢理集められた給料の一部がオーナーに戻ってきた。絶対店の商品をプレゼントしちゃダメだろ。めちゃくちゃむかついてきた私は次の誕生日カンパには参加せず、結局金正日と金正恩も自ら辞めていったので、私の嘘の誕生日だけが焼け野原に残っていた。

冬になると、本当の自分の誕生日が来た。もちろん誰もおめでとうは言わない。7月になったところでカンパを払わなければ誰からもおめでとうは無い。自分でコンビニの小さいティラミスを買って家で食べるだけで十分だが、昔は祝われてたなと気づくことはある。大学生の頃同じアパートの学生たちにサプライズでお祝いされたな。営業してた頃同じ同期にお祝いされてたな。祝ってもらった時もなんか申し訳ないし別にいいのにという感じだったし、まったく悲しみは無いが今コンビニで同じ店員からサプライズでお祝いされてない自分の状態が良いとは思えない気もする。携帯を見ると3通メールが来ていた。姉と地元にいる友達と自分と同じように地元から上京した友達から、今日誕生日やなというメールだった。毎年この3人からだけなぜか誕生日おめでとうではなく“今日誕生日やな”と確認のメールが来る。なんなんだよと思いながらも、とりあえず40年近く生きてきてそんなに間違ってはない気はするからありがとうとは思う。

隣2

今日も隣の部屋の住人のでかいひとりごとが聞こえる。引っ越してきた時に母親と一緒に挨拶というか、挨拶する母親の後ろにいただけだがおそらく高校卒業して大学か専門学校に進学する十代の男だった。


このアパートは2部屋しかないのにでかいひとりごとを喋る人がやたら引っ越してくる。私がここに住んでから隣は3回人が変わったが3人中2人がでかいひとりごとを喋る。


最初の人は女性で前ここで書いたような人で、ずっとひとりごとだと思っていたことがある日私の悪口だったとわかるホラーだったが、今の隣の青年もひとりごとではなく、どうやら漫才か何かのネタの練習をずっと一人でやってるようだ。断片的に聞こえてくる“うっそー”“ちょっと男子”“はい論破”から糞つまらないことはわかるが、たまに“イェー在日在日在日在日在日..”と誰に向けて発表するのかわからないつっこみ(何をボケたんだ)が聞こえるので、いくらつまらなくても十代のお笑い芸人になりたい若者がイェーのあとにただ在日を10数回連呼するつっこみがある台本を作ると思えないし(言われてる間ボケは何してたらいいんだ)、家に友達らしき人が来ても相方と一緒に練習することもないので、だんだん漫才とかピンネタとかお笑いをやりたい人ではない気がしてきたが、だとしたら日々繰り返し練習してる意味がわからなくて怖いので、何かしらウケようと練習してるどうしようもない奴だと思うことにした。



私は仕事が夜勤なので就寝で悩まされることが多い。私が寝る時間に洗濯機は回りだし、登下校の声がこだまし、夏休みには盆踊りの練習がはじまる。もちろん少数派は夜勤だとわかっているので我慢するのだが、寝不足が続きすぎるとそんなこと知ったことかと隣で建ててる新築の上棟式に、窓からエアコンの室外機を階段にして出ていき、紅白幕から顔だけ出して怒鳴ったあと、室外機を四足で登って頭から巣に帰るというトカゲのおじさんになってしまい、家が完成したあと洗濯物干そうと窓を開けるとバシーンと慌てて窓を閉められる音がするのである。



隣の青年の練習も我慢していたが、あまりにも長い時間繰り返し続けるのと夜中に洗濯機回し出したりすることから別に私が夜勤だからとか関係ないじゃんとムカついてきたこともあって、練習が何時間も続くと壁を叩くと凹むかもしれないので壁側にある収納ボックスを蹴ってその振動で俺は怒ってるぞという意思を伝えて静かにさせるということでなんとか凌ぐようになったが、しばらくすると効かなくなり、収納ボックスが本当に“収納”ボックスになってしまった。







收納ボックス








知り合いに最近隣がうるさくて眠れないと言うと「耳栓したら」と言われたが、私は普段音をほとんど出さなくて2階に住む大家さんにもずっと留守かと思ったと言われ、音楽もAVもヘッドホンでしか聴かないし、歯磨きやひげ剃りも隣の迷惑にならないようにできるだけ密閉された浴室の中でやるし、テレビも音量を一桁にしてるし、家に来る友達もいないので話し声もないし、と孤独死してから三ヶ月は発見されない自信があるおじさんなので、家を建てるならまだしもこんな最悪の練習のために、なんで声を奪われ(誰も奪ってないが)、耳まで奪われなければいけないんだと納得できず、考え抜いた結果壁際で歯を磨き、放屁をし、ヒゲを剃るという、“できるだけ壁で生活をする”という戦いを選んだ。音には音で戦うのだ。


隣が練習をはじめると、テレビの音量を隣の声が聞こえなくなるまで上げ、壁に肛門を付け“バウンッ”と壁を屁で叩くとなんと壁を拳で叩くより効き目があった(屁のせいではない気はするが)。ハッハッハと心の中で高笑いしながら、“今日は下痢屁(ゲリベ)をこめかみにプレゼントだ”とイチかバチかの放屁をお見舞いしてる時ハッと気づいた。




“これって...騒音おばさんなんじゃ...”






騒音おばさんテロップa








騒音おばさんテロップb









一説によると、報道で一方的にキチガイのおばさんみたいになってた騒音おばさんも被害者とされる夫婦から先に嫌がらせを受けていてそれに反撃してただけという話もあるが罰を受けたのは結局騒音おばさんであり、収納ボックスがほんとに収納ボックスになったのはトカゲのおじさんである。収納ボックスははじめて一人暮しした20年近く前からずっと使っていた。もう引っ越すことがあっても一緒に連れて行くことはできない。私は戦いを止め、ファミリーマートで無印の耳栓を買った。

身ぃ

人差し指の先が縦に割れている。
レジからお札を取り出しすぎたからだ。

人差し指割れる



スポンジの水をつけてお札を取り出してるのが原因だと思う。濡らして乾かす、濡らして乾かすを繰り返すうちに指先がカサカサになり縦に割れる。ベテランのコンビニ店員はスポンジの水をつけずにお札を取り出すことはできない。人差し指の先が古くなったセロハンテープの剥がし残しみたいになっているからだ。ガサガサのギザギザだ。先日私の人差し指がBOOWY、ミニクーパーの窓から肘を出す冴羽獠、AXIAの坂井真紀のポスターを剥がしたあとになった。離婚してひさしぶりに実家の自分の部屋に戻り「ガリガリ...ガリガリ...ドンッ!“私泣きたかったんだ(号泣)”」と剥がしたみたいにカチカチのギザギザである。取れないように四隅以上貼るんじゃなかった。寒くなる前に薬を塗って日々のケアをしておけばよかった。気づいた頃には三つ目のように人差し指の先がカッと開き「しょ、小学生かよ!」と棚のワンカップを割ったまま帰ろうとしたじじいの客を煽ってるのだが咄嗟なのであまりピンとこない煽りしか出ないのである。ほんとにセロハンテープなら頑張って剥がせばツルツルになるが、人差し指は下からお肉が出てきてツルツルになるだけだ。お肉はツルツルだが触ると痛い。もうスポンジに付けるだけで激痛である。仕方なく人差し指をあきらめ中指でお札を取り出すが、気づいたら中指の先に火傷みたいな日焼けをした内田有紀がキチガイの歩幅で浜辺を走るポスターが貼られていた。中指ももうすぐこの内田有紀みたいにお風呂で号泣するのかもしれない。




idolbot198.jpg




もうすぐ40が見える年齢で何も良いことがないが、体だけは健康に生きてきた。骨折も大病もしたことがない。
低身長で短足で肥満で偏平足の遺伝をもらったりしたが、健康だけは親に感謝している。
しいて言えば、中学から花粉症で、風俗嬢のカンジダが包茎に感染しちんぽがブヨブヨになった亀頭包皮炎ぐらいだ(健康ってなんだろな)。

子供の頃1度だけ手術台に乗った記憶がある。
夕飯後幼稚園児の私が居間を歩いてると横でプロレスごっこをしてた父親と兄貴に巻き込まれ、額が居間のテーブルの角に突き刺さった。あまりのことに泣きもせずテディベアみたいに座った私が額を触ると何かグミみたいな物が手の中に。「コロログレープ..?(その頃無い)」と首を傾げてると父親に「それ“身ぃ”やわ」と珍しい焼き魚を食べてる時みたいなことを言われたところで気絶し、次気づいた時には手術室の天井を見ていた。特に縫うこともなく母親が「こんなん絆創膏やん」と怒ってた記憶があるので対したことなかったと思うのだが、未だに刺さったところを触ると凹んでいて「ここだけ身が少ないな」と思う。
プロフィール

たか

Author:たか
出羽亀

けつのあなカラーボーイ、A4しんちゃんという団体から漫画、文章の同人誌を出したりしてます。

連絡先 a4sinchan@yahoo.co.jp

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