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ベランダ

10年前ぐらいに漫画家になろうと上京した時今のアパートに住もうとすぐ決めた。実家が大阪に住むことさえリアリティがない徳島の田舎ということもあって、東京のどこに住みたいかと聞かれても池袋、渋谷、浅草、吉祥寺とろくでなしブルースの四天王しか思い浮かばなかったので、家賃も世田谷は浜ちゃんが住んでるから高い、中野に貴乃花がいる、ゆりかもめ、肩にカラスを乗せて自転車で走っている清水ミチコを見たなどの薄らとしたイメージとトスポの情報しかなく、自分だけで決めたら取り返しのつかないことになりそうで、幸運なことに先に上京してた地元の友達の山地(やまぢ)がいたのであいつ貧乏だしその近辺なら間違いないだろと思い、相談したら不動産屋を紹介してくれたのでそこに決めた。


中学生の頃休み時間はよくベランダに出ていた。それは別にベランダが好きだったわけではなく、教室にいるクラスの女子やゴリラの顔マネで誰かの背中を上から下に叩くことで主にウケてる宮迫みたいなクラスの人気者の男やダークシュナイダーのことと思ったら自分のエロい話をしてるヤンキーたちから感じる俺とは関係ない空気に耐えられず、ベランダのくせにほぼ不法投棄とドブ川しか見えない景色を無心で見ている人たちが集まったら、自然と気が合う人たちも集まったというだけでその中に山地(仮名)もいた。


山地は小学生からの友達で一人っ子ということもあってか親が厳しかった。昔はというかうちの地域だけかわからないが、学校の行事で自転車に乗るための自転車検定というのがあって、運動場に白線で引かれた道路の上を走らされ、そこでひとつでも交通違反をすれば自転車に乗れなくなり、小1の時、試験当日に初耳の手信号をやらされるASAYANみたいな謎のいじわるで全員不合格になり、ピカピカの自転車が没収されるということがあったので、自分の家から2キロぐらい離れた山地の家まで歩いて遊びに行ったら、「今掛け算してるから」と山地のおじいさんに簡単に帰らされ、網戸の向こうで机に向かいながら一礼だけする山地が見えた。


山地の家の食事は、親父が「おかわり」というと山地が茶碗を受け取り、ご飯をつぎに行かなきゃいけなくて、侍みたいな主従関係が親子の間であった。遊びに行ってもおじいさんや親父に会うのが恐ろしくて、玄関で「やーまーぢくん」と叫ぶかピンポン押すか迷ってたら、いつの間にか横に立ってた山地の親父に「ピンポン押せや」と言われて漏らしそうになったり、おじいさんに戦時中に橋の上で中国人をめちゃくちゃ斬った張飛みたいな話をされ、チャンと切ってコロっといくからチャンコロと言うんやと、最近調べたらそんな由来じゃなかったので、元を知らないのに小学生に不謹慎由来ギャグを言ってつっこませようとしてたことがわかり余計に怖くなった。



山地はデブで腕力もあったので、こんなに厳しく育てられてたら絶対ヤンキーになると思ってたのだが、庭に親父といっしょに作ったタイヤのサンドバックを毎日殴って拳を鍛える拉麺マンになっていった。当時まだKー1もやってなかったのにブランコ・シカティックの話をされ、部屋に堀辺正史の骨法の本が散乱してたり、高校の修学旅行で東京に行った時自由時間はグループ行動で同じグループだったのだが、強制的に御茶ノ水のブルースリー会館に行かされ、そこで大半を過ごし、新選組の着物が欲しいと浅草に行き、さすがにイライラしてきた俺が竹下通りに行きたいと残り時間わずかで原宿へ移動し、時間が無いので露店みたいなとこで見つけた缶コーヒーのBOSSのマークが印刷されたTシャツをかっこいいと思って(何で思ったのかわからない)買い、集合場所に集まると、みんな原宿や渋谷で買った服やスニーカーを持って集まってるのに、うちのグループだけトンファーとよく見たらBOSSじゃなくてBOSEと書かれたキャラクターの頭がハゲてる全然面白くないTシャツを持って集まっていて、彼女なんてできるわけないと思った。



高校生になった山地は朝5時ぐらいになると毎日俺の家まで迎えに来るようになった。土手で組手をさせられるからだ。少し離れたところにある土手まで走り、組手というか、いろんな技の実験台にされていた。不思議なもので毎日いろんな蹴りを受け止めてると受けるのが上手くなり、あまり痛くなくなってきた。ある日山地が「蹴りを受けながらも攻撃する方法がある」と言い、蹴りを受け止める時ファイティングポーズの片腕をもうひとつの手で押さえた形でガードするのだが、当たる瞬間に肘を少し上にあげると足が砕けると教えられ、3秒後山地の足が砕けていた。悲鳴をあげながらのたうち回る山地を見ながら、ほんとに防御だけで足を砕けたことに感動した。帰り道は歩けてたので骨折はしてなかったと思うが、足を引きずり気味だったので心配したのだが本人が大丈夫というのでそういうことにした。次の日から迎えに来なくなった。



高校生の山地が突然ミュージシャンになると言い出した。普段遊びに行っても、CDなんて親父やおじいさんと共有の村下孝蔵とテレサテンと誰かから借りパクした愛しさとせつなさと心強さとしか見たことなかったのに、何があったんだと思ったらXにはまったらしい。しばらくすると、どこかから手に入れたフォークギターで曲を作るようになった。できたので聞いてくれと、曲を録音したテープと歌詞が書かれたノートの切れ端を渡され、家に帰って歌詞を見ると「はじめて君とトマト畑で出会った」と書いてあり、オヨネーズかと思ったが聞いてみると、曲調はギターなのになぜかオルゴールバージョンに聞こえて農家の恋愛ではなく普通の若者の初恋だった。もう1曲はタイトルのところにバーニングラブと書いてあり、サビのはじめに「バーニ ラブ」(バーニングをバーニと言うのはやめてくれ)と叫んだあと、「どうしてわかってくれない~」と作った曲の音の高さに自分の力が追いつかず声がどんどん出なくなって後半ギターの音しか聞こえなくなり、ここ最近で1番笑うことができた。



山地は東京の大学に進学することになり、それと共にプロになるためにバンド活動もはじめていた。この曲引っさげて東京へ殴り込みに行く度胸は買うが、友達の俺だから笑うのであって(それも不本意だろうが)、東京の人に聞かせたらバンドさえ組めないんじゃないだろうかと思ってたら、意外とすぐバンドを組めて、ベースボーカルで、曲は他のメンバーといっしょに作ってるようだった。数年後、仕事を辞め、後を追うように上京した俺が指定された渋谷のライブハウスに行くと、ステージになぜかスウェーデンのサッカーの黄色いユニフォームを着て鎖をいっぱいつけたハーフパンツで金髪の山地が下っ腹にベースを乗せて歌っていた。衣装と肥満はダッセッと思ったが、はじめてステージで見る山地は輝いていた。中学生の頃ベランダにいる時から山地中心でずっと話が回っていたので、どこかずっとベランダの人間のスターだった。お世辞にも音楽の才能があるとは言えないが、そんなの関係なくもしかしたら何か起こすんじゃないかという魅力があった。“国境”と書いて“くに”と歌っていても死ねと思わなかった。


夜中に山地から「はあ..」とため息からはじまる電話がかかってくることが多くなった。貧困とバンド活動とおじいさんが死にそうだけど看取れないかもしれない。などのストレスで相当貯まってるようだった。普段そんなに電話をかけてこないので、この時期は相当しんどかったんだなと思う。ある日「松屋の豚めしでいいから奢ってくれ」とストレートに乞食の電話がかかってきたので、豚汁を付けてあげることも無くほんとに豚めしだけを奢ってあげた。「お前に奢られるとは..」と奢ってもらってるのに失礼なことを言っていた。しばらくすると、山地はバンドを解散し、夜中電話がかかってくることも無くなった。



山地は不動産屋で働き出した。金で見返してやると銭の戦争みたいなこと言っていた。ミュージシャンよりも才能があったのか、2、3年すると独立し、自分の会社をはじめて、前の職場で知り合った女性と結婚をした。結婚式に招待されたのだが、長い間スーツを着てなかったけどまあ大丈夫だろと袖を通すと想像より太っていて全く合わず、AOKIで1番安い19000円のスーツを買ったのに革靴も無かったことに気づいて、これ以上の出費はキツすぎるので家にあった靴で1番革靴に似てるエアジョーダンを履き、移動日のジョーダンで式に出席した。電話で「ジョーダンでいいかな..」と相談したら「(結婚式で)お前のことを誰も見てない」と答えた友達が、俺のズボンの裾をめくり、ジョーダンがボールを持って飛んでるマークを見て笑っていた。

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今年の正月は俺は帰省をしたが山地はしなかったので、東京に戻ってから安い居酒屋で山地と山地の奥さんと俺と3人で新年会をした。山地の会社は別にそんなに儲かってないらしいが毎年大晦日は部屋風呂付きの温泉宿に泊まることにしてるぐらいの稼ぎはあるので、俺のコンビニの稼ぎに合わせて安いだけが売りの居酒屋にしてくれた気がする(嬉しくない)。山地は酔うと必ずする話が、中学生の時2人ともデブで体育の授業で1500m走の最後尾を走ってたら、山地の真後ろを走ってた俺が突然こけたので「大丈夫か?」と助けにいったら「お前足かけたやろ!」と俺にキレられた話だ。俺は薄らとしか覚えてない話なのだが、当時の自分を考えるとデブ2人が最後尾を走ってるのも恥ずかしいのにその上足がもつれてこけたのが恥ずかしくて罪を擦り付けたってことは十分ありえることなので、覚えてないが毎回謝ることにしてる。山地は記憶力がよく、昔嫌な思いをさせられた人間のことをずっと覚えていて「あいつは裏切った」「あいつはあれから信用できない」とずうっと忘れずめちゃくちゃしつこいので毎年酔うと必ず謝ることになる。終電が無くなりそうなのでもう帰ろうとすると「カラオケ行くぞ」とカラオケに連れてかれ、深夜2時を回り完全に終電が無くなったので、始発までネットカフェにいようと思ってると、山地がタクシーを止め、タクシー代1万円を渡された。普通はまず遠慮したり同級生にタクシー代渡された惨めさで怒ったりした方がいいと思うのだが(形だけでも)、なんかめちゃくちゃ感動してしまった。自分の想像する社長がそこにいて、それが友達なことにすごいと思った。あと、お釣りももらえるの?とも。「社長、ありがとうございます」とお礼を言うと「お前は豚めしを奢ってくれたからな..」と言われた。これも酔うと必ずする話だ。




休み時間にベランダにいると、遠くの方から自転車に乗って真正面からだんだん校舎に近づいてくる人が見えた。「あれ?たかのじいさんやろ」と周りに言われ、よく見ると、お客さんの家へ治療しに行く途中の鍼師をしてるうちのじいさんだった。じいさんは座頭市みたいに目がほとんど見えない按摩さんなので、自転車に乗れることもすごいがあんなドブ川の横走ってたら危ないなあと思って、どんどんこっちに近づいてくる様子を見てると、まっすぐ走ってた自転車がだんだんドブ川の方に近づいていき、横に止め、立ちションをはじめた(はっきりちんぽが見えた)。

横断歩道

うちのアパートは玄関出てすぐ横断歩道なので、日曜以外は緑のおばさんが「あら、おでかけ?」と話しかけてくる。



もうここに住んで10年近くなるのだが、このおばさんというかおばあさん(60~70歳くらい)しか見たことなく、夜勤明けで家に帰ってるのに「いってらっしゃい」と声をかけられ、いってないので返事はしないが桜井和寿の笑顔で会釈をして家に入り、コンビニで飯を買おうとすぐ家を出ると「ごめんね~(涙)。おかえりなさいよね。では、あらためまして(ビシッ)、いってらっしゃいませ(笑)」と心の敬礼が聞こえるいってらっしゃいをやられた。「やれやれ..」とコンビニでどん兵衛にお湯を入れてゆっくり戻ってくると今度は全く意味はわからないが「まあ〜、うさぎと亀(笑)」とたとえられ(先にどん兵衛持って走ってた奴がいたのかもしれない)、なんかめちゃくちゃむかついて無視してしまった。気のせいかもしれないが赤信号で待ってる小学生もみんなおばあさんから話しかけられてる間100m走のスタートラインにいる時の顔をしてる(ゴールだけ見てる)。良かれと思ってこんな朝早くから緑のおばさんをやってくれてるわけなのであまり何も言えないが、正直俺のことはほっといてくれとしか思えないので、未成年の身の安全だけ守っていてほしい。




コンビニ夜勤が終わるとよくバスで帰ってるのだが、全く自分と同じ乗り降りをするおばあさんが毎回いて、向こうも顔を覚えたみたいでバスが来るまでの間よく話しかけられるようになった。今日の気温の話やバスがなかなか来ない話をしてるだけなのだが、やっぱり仕事が忙しかったり、品出し中客がレジに近づく足音が聞こえ、ハイヒールで競歩してるような音と車輪がガラガラする音まで聞こえて嫌な予感しながらレジへ走ると、やっぱり「タバコ」「コーヒー」と名詞しか喋らず、昔見下されていた同僚にパーティー会場で札を拾わすみたいに店員に硬貨を投げて拾わすピンクのアタッシュケース持った女性客だった日の後だとイライラしてるので話しかけないでくれと思うのだが、おばあさんの背中が丸いので許してしまうとこがあった。語尾がむにゃむにゃしていて何言ってるかわからないのもかわいい。横断歩道のおばあさんは背筋がピンとしていて滑舌もよく、井出らっきょとセックスしてそうな感じなのでかわいげがなかった。おばあさんは全員背中が丸くて口が肛門みたいであってほしい。




正月休みに実家へ帰った。うちのおばあさんは背中が丸くて口が肛門みたいなうえに、子宮が落ちて金玉があるのでおばあさんのかわいさを通り越してチンパンジーのかわいさがある。最近はボケてきて俺を兄貴と間違えたり、姉に子供がいると思ってたり、親父に布団の下に隠してた金を盗まれたと言ったり(これはありえるけど)、箸を使わなくなったり(酢の物を手で食べてた)、お茶漬けにお湯をかけなくなったり(お茶漬けの素を皿に出して、指を付けて舐めてた)、風呂があるのに流し台でシャンプーしたり、家の向かいに住むそんなに仲良くもないおばあさんに「死んだらお願いします」と自分の葬式代渡してたり、かわいいだけで済まないこともあるし、かわいいと思って丸い背中をさすったらヒくぐらい背骨が出てて怖ってなったりするが、こいつよりかわいいおばあさんいないなと思う。じいさんの仏壇の菊が、子連れ狼の道中にあるお地蔵さんの菊ぐらいめちゃくちゃに枯れてた。

冬になるとちん毛を切っている。皮が巻き込むからだ。

毎年秋から冬になる時期にちんぽが痛くなる。「噛まれた」とパンツの中を覗くと虫を食べた後の食虫植物みたいなちんぽが見える。仮性包茎な上に大きさがおせちの剥き海老(ややこしいね)なので、寒くなってチャーハンの剥き海老に縮むと全部のちん毛を巻き込んでしまい、FC2アダルトでオナニーをしてそのままFC2一般で昨日のごめんね青春を見たあと立ち上がると「痛ぁあ!」となってしまう。なので、巻き込まないようにちん毛を切るようにしている。仮性包茎でちんぽが小さいと風俗嬢に洗ってもらう前に待合室のトイレで洗わないといけないし、服とちん毛で2回衣替えしないといけない。


寒くなると肌が痒くなる。これは誰でもそうだと思うが、30を越えてからどんどんひどくなってきている。朝起きて、何か足に毛布のカスがやたらついてるなと思って見ると、皮が無かったりする。寝てる間に痒くて掻きむしってるのだが、皮が無くなることは20代では無かった。30代になると皮がいらないとこにあり、皮が欲しいとこに無くなる。皮が無くなるのは加齢と関係ない気もするが、20代の頃は朝起きたらふくらはぎと足首の皮が無くなってるとは夢にも思ってなかったので加齢が原因でないとは言い切れないし、将来に不安しかない自分が無意識に自分を消そうとしてるのかもしれない。布団を干したら楽になった気がする(ダニでしたね)。皮膚科に通うようになったが、これも20代の頃は考えられなかった。背が低く短足で小太りの自分は見た目で誉められることは少ないが、鼻の高さと肌だけは風俗嬢に誉められていた。鼻の高さはどうでもいいが、肌の綺麗さには自信があったので友達に「お前のおっぱい貴ノ浪に似てるな」と言われても傷付かなかった。形が変でも綺麗だから、それがどうしたと思ってたのだが、よく考えたら俺は男だった。今は肌が悪くなった変わりに知恵を覚えたので、痩せれば全てが上向くんじゃないかと思って、今年から炭水化物を抜くダイエットをはじめている。昨日までじゃがいもをめちゃくちゃ食べていたことに気づいた。じゃがいもも炭水化物だった。“野菜”だと思っていた。








友達に赤ちゃんが産まれると赤ちゃんの名前が書かれた命名札を送られることがある。実家ではしばらく家の壁や冷蔵庫に貼ってあった記憶があるので、もしかしたら縁起を担ぐ意味があるのかもしれないと思って、一人暮らししてる東京のアパートでも壁に貼ってあるのだが、最近誰の子供かわからなくなっている。こういうことを想定せずに名字がないタイプを選ぶ親は公園で子供が滑り台の滑る方から登って激突死すると一瞬思ったのだが、誰の龍之介かわからなくなるほど永遠に貼ってる俺の方が気味が悪いことに気づいた。せっかくなので思い出すまで貼っておくことにする。

仕事先のコンビニまで坂道が多い。

俺は忌野清志郎の後ろでサックスを吹きながら動き回る人の体型(小太り)なので自転車を漕ぐのが辛く、交通費も無いのにバスを使っている

俺はクレジットカードを2枚持っていて、ひとつは食費、もうひとつはエンタメに使っていた。エンタメの方は毎月書類で今これだけ支払いがあるというのが送られてくるので身近な存在だったのだが、食費の方はある時期から書類が無くなり、ログインしてネットで見ろという形式に変わってから一切確認しておらず、最後に見た支払いは毎日ほぼエクレアしか買ってないのに12万もあるのかよと大笑いした記憶だったので、そのせいなのかどこかお菓子の国の支払いだと思っていたとこがあった。最近よりによって食費のカードが止まってしまった。今まで未来の自分に任せて断られていた支払いを現在の自分が支払うしかなくなってしまったので、毎月月末に口座が0になる状態を繰り返している。今病気になると、江戸時代の長屋の町民と同じこめかみに紙片を貼って寝るぐらいの治療しかしてもらえないので、健康に気を使わなければいけないこともあり、チョコラBBを飲み、バスを止め、歩いて仕事に行くようにしている。ある日夜勤が終わり、歩いて家まで40分かけて帰ってると、アパートが見えてきたのでポケットから鍵を取りだし、指でくるくると2、3回回したら鉄格子が付いたドブの中に消えていった。


朝7時前だったが少し気が動転してた俺はインターホンを使わず直接ドア前で「ごめんくださーい!」と2階の大家さんを起こし、怖々出てきた大家婦人に鍵を開けてもらった。「ありがとうございました」とそのまま鍵をポケットに入れ部屋に入ると、2分後大家さんが「もしかして(鍵を)あげたことになってます..?」と怯えた顔で現れた。「はは、もちろん合鍵作るまで借りるつもりでしたよ。言葉が足りなかったですね」と嘘をつき、仕方なく鍵屋を検索すると、駅前にあったので作りに行った。鍵屋のおじさんが15分間ぐらいロボコップが銃で撃たれてる音を出すと合鍵ができ、530円と言われた。高い・・。なぜか勝手にシャチハタぐらいだと思っていたので「5倍!?(108円の)」と驚いてしまった。少し安くならないかと一瞬交渉してみようかと思ったが、的屋のたこ焼きにケチをつける怖さをなぜか鍵屋にも感じて何も言わなかった。



1年前にけつのあなカラーボーイというインターネットサイトで知り合ったアクメ屋台という人に誘われて結成2周年ライブを見てから乃木坂46のファンになった。今年は12月にクリスマスライブというのがあり、チケット代が8000円もするので躊躇してるうちに締め切りが終わっていたのだが、またアクメ屋台が誘ってくれたのでやっぱり行くことにした。自分はいつもドンキホーテに売ってる100~200円ぐらいの使い捨て液体サイリウムをすぐ光が弱くなるので何本も使っていたのだが、周りの客のほとんどが3000円ぐらいするキングブレードという電池で光り、15色ぐらい色が変えられるペンライトを使っていて、乃木坂なら会場全体で紫色に揃える瞬間があった時光の強さが違いすぎて、一体感を生んでる最中に疎外感を味わってしまうのだが、でも3000円は高いしなと思ってるうちに、3000円以上の使い捨てを行ってる行為を「知恵のはたらかない奴は一生こういう所で損をし続ける」とアクメ屋台に言われたがうるさいと思った。クリスマスライブ前日”液体サイリウムは爆発するのでダメ”と公式サイトで発表された。今さら人差し指を振って応援するとこに戻れないと思い、法に屈した形でキングブレードをエンタメのカードで購入した。


キングブレード
う、嬉しい..


会場で席に座り、アクメ屋台についに買った嬉しさを報告しようとライトを点けると「汚いなあ」と言われた。

キングブレード1

筒の内側から何か黒い油汚れみたいなのが付いていた(せめて外側にしてくれ)。前日嬉しくて15色を何度も点けたり消したりしてた時何も気づかなかったのに、なんでこいつは1色で気づいてため息みたいに「汚いなあ」と漏らせるのかが気づけたことと知らないでいいことを知らせる人間性がわからないが、これを組み立ててるじじいの手油を想像してしまって気分が悪くなった。ライブ後チケット代の8000円をいっぺんに払えないので、半分の4000円だけ払って次の給料まで残りの4000円を払うお願いをしたら「わかりにくいから給料出てからいっぺんに8000円にしてくれ」と言ったアクメ屋台に「いっぺんに8000円の方がつらいので~(涙)」と4000円を払ったことがまた悲しくなった。

シール

実家の徳島から大学に通うために岡山の山奥に住んでた頃近所のスーパーでアルバイトをしていた。そこのスーパーは古くからの地主の人が建設業の傍らやってる小さな店で、すぐ近くに大きなスーパーがあるのに昔からの付き合いがあるお客さんが多く訪れ、わりと繁盛していた。




僕はこの店で働く前にもっと近所のスーパーでアルバイトしていたのだが、ある日店長が退勤したあと「イカが臭い」と刺身のイカが腐ってると乗り込んできたヤクザの客に責任者を出せと言われたので、帰った店長の携帯に電話したが全然つながらず「この店は責任者もいないのに営業してるのか」と恫喝され、その時いた店員の中で1番バイト歴が長かったのと自分以外に女の店員しかいなかったため男気を出してしまい「僕です」と言ってから、胸ぐらを掴まれたり、なんとかヤクザをいったん店外に出したとこをたまたま車で通りかかったヤクザの先輩に左ハンドルが料金所で千円渡してるみたいに胸ぐらを掴まれたり、「嗅いでみろ」と渡されたイカの刺身に「僕、刺身食えないんでわからないです」と言って怒りを頂点にさせたりして大変な目にあい、これからは誰がレイプされてようが餅を詰まらせてようが2度と人生で男気をみせたりしないと誓ったあと急速にここで働くのが嫌になったので辞めて、しばらく掛け持ちしてたコンビニ夜勤だけしていたのだが、それだけでは仕送りがないので暮らせなく、大家さんの知り合いだった少し離れたこの店で働くことになった。




スーパーの店長は建設会社の社長のお母さんがやっていて、いつも着物の上に割烹着を着てる品のあるおばあさんだった。店長はよく家族といっしょに仕事終わりの僕たちアルバイトまで高級な焼肉屋に連れていっておごってくれたり、少しでも体調が悪そうだと心配してエスパーシールをくれたりした。エスパーシールは見た目がピップエレキバンみたいなシールで、店長の話では宇宙のまごころが常に交流してるらしい(なるほど)。シールには体に貼る用と物に貼る用があり、どっちがどっちだったかは忘れたが、ビートルズのアルバムみたいに赤と青に分かれていて、レジ前のガムといっしょに売られていた。そんなつい買っちゃうわけないだろと思ってたのだが、みんな普通にガムや苺大福みたいに買うので驚いた。店長が近所の人たちに地道に普及活動したせいなのか、今までの付き合いで仕方なくなのか、本当に効いてるのかはよくわからないが、確実に無くなったら買い足しにくる肩こりの固定客がいたので、もうただのピップエレキバンだと思っていた。



学生の今のうちにしか取る時間がないと聞き、車の教習所に通うことにした。住んでるとこも山奥だったがもっと山奥の常に雪が降ってる教習所に通うとMTでも19万なので、だいぶ遠かったし、最初の左に回る講習で落ちて、しばらくずっとロボットの左半身の操縦者が戦死して、残った右半身の自分がバランス崩しながら操縦してる感覚が続き、合格するのは無理の気がしていたが、19万より何千円か少しかかっただけで安く免許をとることができた。




車を買うことはもちろん不可能なので、バイト先の先輩だった人が卒業するので引っ越す時に邪魔だからと一応中古だが新品同然の原付を譲ってもらうことになり、嬉しくてそのまま先輩の家からバイト先へ原付で行き、退勤し、ハンドルの先とスピードメーターにエスパーシールが貼られた原付が駐車場のライトで3か所光っていた。「物に貼る方や!」とひとしきり悲鳴が出たあと、誰が誰を思って何のためにかはもうわかってるので、原付の頭のツボにお灸したみたいに配置されたシールを申し訳ないが爪で剥がそうとすると、シールの薄皮だけしか剥がれず、それから数年後東京で「買取りどころか廃棄代がいる」と言ったバイク王に駄々をこねて無料で引き取らせるまでずっとシールがついたままだったので、ご利益はあったのかもしれない。



しばらくすると、店長に原付に貼ったシールを剥がした跡を見られたのか、「取れてたからまた貼っといたよ」と言われたので、正直に「バイクだとデザイン的に良くないので貼りたくないです」とよくわからない嘘を少しついて、もう貼らないようにとお願いした。嫌がってるのを気づきながらもやってると思っていたのだが、はじめて気づいたようで素直にごめんねと言われた。少し申し訳ない気持ちになったし、同じバイトの高校行ってないヤンキーの女の子が「3本立った!」と何の抵抗もなく携帯に貼ってたので、自分が大人気ない気さえしてきたが、連れて行ってくれた焼肉屋で動けないぐらい肉食べたあとクッパ注文すると喜ぶので、あれでイーブンと思うことにした
プロフィール

たか

Author:たか
出羽亀

けつのあなカラーボーイ、A4しんちゃんという団体から漫画、文章の同人誌を出したりしてます。

連絡先 a4sinchan@yahoo.co.jp

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